LITTLE CAROL

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[2026/09/06]【30周年企画】リトルキャロルとわたし #04

【リトル歴16年 / C.K】

「わたしの光」

・出会い
2010年の夏、私と姉は、六本木にある練習場の扉をはじめて開けました。
あの重厚な扉の重み、30名ほどのメンバーが揃った光景を、今でも記憶しているのは、当時の心境もあったのだと思います。
現NHK東京児童合唱団出身のメンバーのなか、卒団生ではない私たち。
幼い頃から、童謡や讃美歌を歌い、音楽好きの母の影響で、自然と音楽に囲まれた環境で育ち、歌を本格的に学ぶ道に進むなかで、色々なご縁に恵まれ、気づけばリトルキャロルに加入することになりました。
当時は想像もしなかった30周年、この場をお借りして少し振り返りたいと思います。

・2010年の冬
入団当時、私は、まだ学生ということもあり、学業と将来の展望、リトルに加えて、もう一つ在籍する合唱を行き来する、目まぐるしい日々を過ごしていました。
夏の長岡コンサートを終えてまもなく、入団と同時に、4ヶ月後に控える紀尾井本番に向けて、これまで積み上げられたリトルのナンバーと振付を全て取り込むことになりました。
当時より、不安を抱えていたことは、歌声と気持ちを合わせること、そして自分達を受け入れてもらえるのか、という思いでした。これまで積み上げられたリトルのサウンドを壊さぬように歌うことが一番緊張しました。
それでも、不思議なことに、初めてリトルと声を合わせた時、自然と寄り添いたくなる、懐かしい気持ちになる感覚が強かったので、これまで歌った歌い方との良い調子を模索して、とにかく迷うことなくしがみつくように本番に臨みました。夜遅くまで、姉と振付を何度も繰り返し確認したのも良い思い出です。
そして迎えた本番、クリスマス曲の数々、大好きな曲の一つ「We Are the World」を歌ったときの舞台からの光景、涙と笑顔がはじめて同時に溢れる感情になったこと、リトルの作り上げる音楽、歌声が好きだと確信したこと、ピタッとパズルのピースがハマるような感覚で、不安よりも、ここで歌うことのできる実感と喜びを感じました。

・︎2019年の冬
入団後も、今と変わらず毎週練習を重ね、毎年さまざまな舞台に向けて取り組み、それぞれのライフイベントに伴うメンバーの入れ替わりもあるなか、常に同じ方向を向いて、前に進む姿勢のまま、ひたすら歩みつづけてきました。メンバーとのたわいのない会話を含めると、語り尽くせないほどの長い時間をともに過ごしました。

その中でも、ある3年間は、私にとって転機となる思い入れ深い年です。
その理由の一つは、大切な人とのお別れでした。
はやくに父を亡くしてから、これまで家族を支えてくれた祖父、これまで本番に足を運ぶことがなかった祖父が、自ら観にきてくれたのが2019年の紀尾井公演でした。最初で最後となりましたが、祖父に姉妹そろって、リトルキャロルの歌を届けることが叶ったのは本当によかったです。
翌年はコロナ禍、個人的に言葉を並べることも、気持ちの整理もつきませんでしたが、大切な仲間への想い、各々自分の心と向き合いながら臨んだ2021年のステージ、アルバムのリリースを通して、みんなの気持ちが少しずつ溢れ、涙したことは忘れられません。
あの時、そっとみんなの心を寄せられる場所を作ってくださった麻衣さんの優しさに、今も心から感謝の気持ちでいっぱいです。

・2026年、結成30周年
リトルとともに歩んできた16年間。
わたしの歌う意味、リトルキャロルで歌う意味を自分に問うこともありました。
それでも、共に練習を重ねた年月や、信頼できる大切なメンバーとの絆は、私の誇りであり、自分が帰れる場所、それが私にとってリトルキャロルなのだと、この3年間を通して、改めて強く思いました。16年前、私たち姉妹を迎え入れてくださりありがとうございました。
これまでも、これからも活動を継続できるのは、本当に多くの方々の支えと、メンバー一人ひとりの自立した姿勢があるからに他なりません。自身のライフワークとしなやかに向き合うメンバーの姿を、私は一人の女性としても本当に尊敬しています。
そして、常にリトルの中心で光を照らし続けてくれる先輩方に、心から感謝しています。

これからも、リトルキャロルの一員として、どのように貢献していけるかを問い続けながら、30周年コンサートでは、心を込めて歌いたいと思います。

2010年 クリスマスコンサート

(編集より)
長い年月をかけて丁寧に歩みを重ね、いつも周りへの細やかな気遣いを忘れない C.K。
その揺るぎない支えは、感謝してもしきれないほど、今のリトルキャロルを大きく支えてくれています。

S.K、C.K姉妹へ
幼い頃からそれぞれ違う歌のルーツを持つお二人が、気づけば現役時代よりずっと長い時間を共に重ねてくれたこと、その絆はもう私たちの枠を越えた大切な宝物です。

[2026/08/30]【30周年企画】リトルキャロルとわたし #03

【リトル歴16年 / S.K】

「リトルがくれた勇気」

私が初めてリトルのメンバーと一緒に歌ったのは、2010年長岡で行われたサマーコンサート♪
私はリトルのメンバーでは数少ないN児卒ではないメンバーです。
幼少期に合唱団には所属してはいませんでしたが、幼稚園から讃美歌や宗教曲に触れる機会が多く、声楽を専門に学んでいた事、ミュージカルやジブリ作品が好きだったことなど、色々なご縁が重なりリトルキャロルで歌わせていただいています。
なので、入った当時は声の出し方、合わせ方、練習の仕方、楽屋での過ごし方(笑)…どれをとっても私にとっては異色で、メンバー同士でN児の頃の昔話が始まるとすごく楽しそうで、一気に子供のような表情になったり、イジったり(笑)、メンバーのきっと今まであったであろう当たり前の楽しそうな雰囲気を壊したくなくて、実は姉妹ですごく様子を伺ってました(笑)

今でこそ普通なのですが、メンバー同士を〇〇ちゃん、と下の名前に「ちゃん」をつけて呼ぶことにも戸惑ってました(笑)

そんな私ですが、リトルキャロルに入った20代当時は、個人的なことで、ちょっとやそっとの努力では出来ない事だらけの連続と、そんな中で評価されてしまう緊張とで、すっかり心が折れてしまっていて、もう人前で歌う事も辛かった時期。
今思えば、努力が足りたいのひと言に尽きるのですが、当時は本当に先が見えなくて、もう歌なんてやめてしまおうか。。と何度も思った、そんな頃に出会ったのがリトルキャロル。練習や本番を通して、何度もメンバーの楽しそうな温かい笑い声や歌声に触れるうちに、歌ってやっぱり好きだな、リトルの歌声が好きだな、続けたいな、と思って今があります。

今は毎日子育てに奮闘する日々ですが、そんな中でも、歌の表現の仕方や、年齢に合わせた身体の使い方など新しい発見があり、年々進化していくリトル(笑)で歌と向き合える時間がすごく幸せです。
いつも一緒に歌ってくれるメンバー、そしていつも支えてくれる家族には感謝の気持ちでいっぱいです。

ここ数年で特に表現の幅がぐっと広がってきているような気がするので、自分もメンバーとして、その役割がしっかり果たせるよう歌っていきたいです。
30周年、楽しみにしていてください!!

2010年発売アルバム『クリスマスコレクション』

(編集より)
年月を重ねても変わらぬ品と穏やかさで、そっと場に寄り添いながら空気を整えてくれる S.K。
その柔らかな存在感は、歩みを重ねてくれた時間とともに、今ではリトルキャロルを静かに支える大切な彩りになっています。

[2026/08/23]【30周年企画】リトルキャロルとわたし #02

【リトル歴16年 / A.K】

すれ違いの先にあった『歌う喜び』」

未就学の頃、歌って踊るのが好きだった私は、家ではうるさいといつも厄介者扱いされていた。
小学生になると「ずっと歌っていられる場所に興味はないか」という誘いで東京放送児童合唱団(現在のNHK東京児童合唱団)に入団することになった。
リトルキャロルができた1996年はまだ小学生だった。小学生だった私ができたばかりの卒団生の団体を知る由もなかった。
中学生になると、隣の席だった3つ上の先輩はいつも笑わせてくれる面白い先輩で仲良くなった。
高校生になると、卒団したその先輩が卒団生の合唱団に入ったと教えてくれた。今考えるとその時初めてリトルキャロルという団体を知ったはずだが、当時は親しんでいた先輩がいる卒団生の合唱団としか記憶しなかった。そして大学生になったらその先輩に相談しようと思っていた。
大学生になると、勉強とアルバイトに忙しく、また歌いたいと思いながら、目の前のことに精一杯になっていた。1つ上の先輩がある卒団生の合唱団に誘ってくれたが、それがちょうどテスト期間中だったこともあり、無下に断ってしまった。実はそれもリトルキャロルだった。
大学在学中にはリトルキャロルの物販の手伝いをしたこともある。既にN児の後輩も入団していて、舞台を成功させたメンバーは輝いていた。合唱から離れて何年も経った自分がそこに戻ることは無いだろうと感じた。
大学院生になると、2つ下の後輩がリトルキャロルに誘ってくれた。レコーディングをきっかけに大幅増員するという知らせだった。自分のペースで研究できるようになっていたため、その時はブランクを気にしながらも研究に支障をきたさない範囲でと慎重に参加することにした。こうして何度もリトルキャロルとすれ違っていながら、とうとう一員として歌うことになった。
ところが入団後、思っていた社会人サークルと違い、リトルキャロルに対するメンバーの思い入れがとても強くて、自分にはついていけないかもしれない、と辞めてしまった。初参加から半年も経たない頃だった。しかし、そんな薄情な私に対し、振付をする日に手伝いに来てほしいと声がかかった。ちょうど就職活動も恋愛もうまくいかなくて、自分の居場所がないような気持ちの時期だった。何ができるかわからず不安を抱えたまま、呼ばれるがまま練習に向かった。結局、練習ではどう役立てたかは覚えていない。けれど気さくに近況を聞いてくれる先輩たちに、なにもかもうまくいかずに自信を失っていることを打ち明けた。「じゃあ一緒に歌おうよ」そう言ってもらって、自分の薄情さを棚に上げて、リトルキャロルに戻してもらうことになった。本番まであと2ヶ月という時期だった。そしてリトルキャロルとして初めてコンサートに参加した。2010年マイケルジャクソンメドレーを演奏した年だった。
それでも、社会人サークルとしてリトルキャロルと一定の距離で付き合っていたいと思っていた私は2013年に夫の海外赴任と出産を機に一旦休団した。子育てが一段落するまで帰らないつもりであった。ところが、「次のコンサートがリトルキャロル最後のコンサートになる。せっかくだから一緒に歌おう」と声がかかった。2014年のことだ。その年は夫より先に日本に帰国、復職、第2子を出産し、赴任や出産で延期になっていた結婚式を挙げる予定があった。しかも夫が帰国するまでは実家のサポートを受けられるとはいえひとり親状態だ。親に年子の赤子の世話をお願いして練習に参加することは許してもらえなかった。自分が休んでいる間に進む練習、開く実力差に焦りを感じ、練習への参加を許されないことにもどかしさを感じた。秋になって夫が帰国すると、1番にリトルキャロルの復帰をお願いした。それからはどんなに暗い曲だろうと本番で歌う曲で子守をした。2014年レ・ミゼラブルを演奏した年だった。なんとかやり切ったが、リトルキャロル統括の麻衣ちゃんからコンサートの後に衝撃の一言。「来年もやりまーす!」家族会議の必要があった。
育児が本格的に始まると、自分のやりたいことを自分のペースでできない生活に鬱憤が溜まった。その中で家事でも育児でも仕事でもなく、間違いなくリトルキャロルは自分の「やりたいこと」だった。夫に続けてもいいか相談したところ「あなたの生きがいだから」とあっさり認めてもらった。にもかかわらず、当時は生きがいなんて大それたもんじゃないと思いながら、それで夫が納得してくれるならそういうことにしておこうと思った。
その頃、リトルキャロルは結婚ブームに次ぐベビーブームが起きていた。結婚や出産を機に辞めてしまうメンバーもいる中、戻るための努力をするメンバーもいた。当時、休んだ人のフォローはパート内で解決するように言われていたが、先に子供を産み、自分の都合で練習に参加できないつらさを知っている立場として、「休んだ分これだけやってきて」という思いでパートのグループラインに鬼連絡した時期もあった。テキストメッセージ、譜面の画像、練習音源。気付けばそうやって助け合って、今や大半のメンバーが子持ちだ。
20代のころはリトルキャロルの紹介に書かれている「歌う喜び」はただのきれいな言葉のように感じていた。しかし、育児やコロナ禍を経て、この言葉がしみじみと自分の中に染みわたってきた。歌う場所を作ってくれた創設メンバーに感謝し、歌う時間を作ってくれる家族やそれをサポートしてくれる周りの人々に感謝し、コンサートで足を運んでくださる皆さんに感謝し、そして何より初めにこの縁を作ってくれた親と東京放送児童合唱団に感謝する毎日だ。このたくさんの感謝を一言で表したのが「歌う喜び」だ。そして今ではリトルキャロルは間違いなく私の生きがいだ。

2010年 クリスマスコンサート

(編集より)
状況を整理し、進むべき方向を示してくれる A.K に、リトルキャロルはいつも助けられています。
彼女の献身的な働きかけが、気づけばみんなを前へ進めてくれています。

[2026/08/16]【30周年企画】リトルキャロルとわたし #01

今年はリトルキャロル結成30周年という、特別なアニバーサリーイヤーです。 30年という歴史をあらためて振り返ると、自然と「ここまでの歩み」を語りたくなります。
そこで本番(12/27)までの期間、メンバーひとりひとりが、これまでどんなふうにリトルキャロルと歩んできたのか、普段はなかなか聞けない想いやエピソードをブログで紹介していきたいと思います!

第一走者は、リトルキャロルいちばんの若手メンバーです。

【リトル歴10年 / Y.M】

「わたしのプライド」


私がリトルキャロルに入ったのは、2016年20周年のとき。今からちょうど10年前になります。
リトルキャロルのメンバーの多くは、現NHK東京児童合唱団(通称「N児」)の卒団生で、私もその一人です。
N児に在団していた頃から、もちろんリトルの存在は知っていました。当時、六本木ヒルズで開催されていたクリスマスステージを毎年楽しみにしていて、そこで聴く美しいハーモニーに、いつも心を奪われていました。まさか自分がそのステージに立つことになるなんて、その頃は夢にも思っていませんでした。

そんな私が、いろいろなご縁に恵まれて、憧れだったリトルキャロルに参加することになりました。
初めての本番は、とにかく必死!リトルのいわゆる十八番ともいえるクリスマス曲についていくのに精一杯。N児時代の同期もいない中、すでに20年の歴史がある場所に一人で飛び込むことへの不安もありましたが、それを気にする余裕がないくらい、英語の歌詞や振付に目を回していました。

それから10年の間に、私自身にも、結婚や出産など、いろいろなライフイベントがありました。
その中でも大きな転機になったのは、母が亡くなったことです。
あまりにも突然のことで、ただただ大きな喪失感に苛まれていました。もう何もかもどうでもいい。そんなふうに感じる日々が続きました。

リトルについても、母が喜んでくれていたことが、私にとって原動力になっていた部分がありました。
「もう、やめちゃおうかな」
そう思ったこともあります。
それでも、人生は続いていく。
気がつけば、四十九日を迎える前には、私は練習に参加していました。
その後、2年間ほど東京を離れていた時期もありましたが、気がつけば新幹線で練習場に通っていました。

そのとき、ふと思ったんです。
「ああ、私、リトルが大好きなんだな」と。
母が喜んでくれるからでも、昔からの憧れだったからでもなく、誰かのためでもなく。
改めて、私自身が大好きで、夢中になっているんだと気がつきました。
長く続けてきた「合唱」というものに対する自分の向き合い方も、そこから少し変わったように思います。

今は、週末のリトル時間を楽しみにしながら、仕事と子育てに奮闘する毎日です。
社会の中で与えられているいろいろな肩書きをいったん全部取っ払って、一人の人間として、夢中になれるものがある。
それは、私にとって大きな誇りです。
そして、そんな時間と場所を持ち続けられていることは、決して当たり前ではなく、奇跡に近いことなのかもしれません。
一緒に歌っているメンバー、そしていつも支えてくれる家族に、感謝の気持ちでいっぱいです。

そんなたくさんの「ありがとう」を胸に、30周年コンサートに臨みたいと思います!

2016年 クリスマスコンサート

(編集より)
Y.M は若手ながらリトル歴10年。
明るい笑顔と変わらないピュアさで、いつも周囲を和ませてくれます。
練習前後の連絡なども率先して動いてくれる、頼もしい存在です!

[2026/01/06]年始のご挨拶

2026年がスタートいたしました。

今年はリトルキャロルにとってスペシャルな年!
結成30周年を迎えます。
あらためて振り返りますと、30年という年月は本当に大きな歩みであり、支えてくださった皆さまに支えられていることを、心から感じております。

これからもブログやSNSを通じて活動の様子をお届けしてまいりますので、時折のぞいていただけましたら嬉しく思います。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします!

[2025/12/31]大掃除 2025

今年も一年の締めくくりとして、いつも練習場所をお貸しいただいているお寺で大掃除を行いました。

今年は冬のコンサートがなかったこともあり、六本木に足を運ぶ機会はありませんでしたが、クリスマスの賑わいに比べると六本木ヒルズ周辺も少し静かで、年末の空気を感じました。

ここ数年はリトルキッズたちも大掃除に参加してくれていましたが、今年は大人だけでの作業。
子どもたちの元気なパワーのありがたさを改めて思いながら、少ない人数で力を合わせて頑張りました!

今日は大晦日ー。
2025年も本当にさまざまな出来事があった一年でした。
そして来年はいよいよ、リトルキャロル結成30周年のアニバーサリーイヤー!
今から胸が高まります♪

2026年が、皆さまにとって健やかで幸せに満ちた一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。

レッツ、忘年会!

[2025/12/24]メリークリスマス!(イブ)

今日はクリスマスイブ。
今年のクリスマスは、リトルキャロルにとって例年とは大きく違う点があります。

練習の予定が、、、ない。
週末全部、予定が、、、ない。(個人差ありw)

今年は夏に異例の「リトルキャロルコンサート」を開催させていただいたこともあり、冬のコンサートは実施いたしませんでした。
「今年、コンサートはないの?」とお声がけいただくこともあり、この時期にリトルキャロルのことを思い出していただけるのは、私たちにとって本当に励みになります。

そして来年、リトルキャロルは結成30周年を迎えます。
記念すべき年に、スペシャルなコンサートを予定しておりますので、ぜひお越しいただけましたら嬉しく思います。
(既に1年後に向け、密かに活動開始していますw)
詳細は改めてご案内いたしますので、どうぞ楽しみに!!

最後に、今年10月に実施されたARK Hills Music Week「ARKキッズChor」に、子どもたち、そして今年はフレンズも参加した際のレポートをお届けいたします♪
2018年からコロナ禍を経て、6年目の参加となるARKキッズChor。年々、演奏曲の難易度が上がっているような気がいたしますが(笑)、今年はライオンキングメドレーを振付つきで演奏いたしました。
ほかにも数曲演奏し、本番に向けた練習は全3回。
その3回だけではステージに立つには難しいため、子どもたちはもちろん、保護者の皆さまにもたくさんご協力いただき、本当に素晴らしいステージになりました。
昨年も参加してくれていたお子さんたちは、この1年の成長がはっきりと感じられましたし、初めて参加してくれたお子さんたちも、最初はドキドキしていたことと思いますが、本番では大きなお口で思い切り歌っていたのが印象的でした。
来年も、ARKキッズChorで子どもたちと一緒に歌えることを、リトルキャロル一同、楽しみにしています。
ご来場くださった皆さま、関係者の皆さま、今年も大変お世話になりました。

[2025/07/29]【スタジオジブリ フィルムコンサート】忘れたくない時間

7/16と7/17の2日間は、いま振り返ってみても、夢、、、だったのかな、と思うほど、身に余るほど贅沢な、奇跡のような経験をさせていただきました。

東京ドームでの、スタジオジブリ フィルムコンサート。
ぇ? と、東京ドーム!?
ぇぇ? だ、誰が?
ぇぇぇ? り、 リトルキャロルが!?

5月—。三鷹でのコンサート(7月5日)の練習が本格化していた頃。突然舞い込んできた、あまりにも信じがたいお話。

そこから三鷹の準備と並行して、主に個人練習に励みながらバタバタッと…いや、ずばばばーっと!光陰矢の如し、気づけばあの東京ドームの、まさに野球選手がプレーする場所に、私たちリトルキャロルは降り立っていました。

ことの重大さを、理解していなかったと痛感しました。

語彙力がまったく追いつかないほど素晴らしかったあのコンサート。歌わせていただいたこと云々ではなく、ひとりの観客として、ステージという特等席で久石譲さんのあの音楽に全身を委ねた体験がどれほど圧倒的だったか…
もどかしいですが、その感想を言葉にするよりも、SNSなどで溢れている数々の素晴らしいレビューに委ねるのが、最も的確だと感じています(笑)

とにかく、信じられない時間でした。(もう、語彙がありません。)

それでも1つだけー。夢のようなあの舞台に立たせていただいた時に強く心に残ったことがありました。
東京ドームのアリーナ席から最上階まで、ぎっしりと埋め尽くされた観客の皆さま。3公演で約13万人もの人が、ステージから放たれるあの音楽にただ一点集中している。その場にいる一人ひとりに、それぞれ違う人生があり、背景があり。
でもその一瞬だけは、同じ音楽に包まれ、同じ感動を共有していました。
その光景を、ステージの上から目の当たりにしたとき、言葉にならない感動がじわーっと体に染み渡っていったのでした。

久石譲さんの音楽が、私たちをこんなにも幸せな気持ちにさせてくださる。その感動を表す言葉が見つからないまま、ただただ、感謝の気持ちでいっぱいになった、リハーサルを含めた4日間でした。

3公演を無事に終え、胸いっぱいの達成感と、「あぁ、もう終わってしまったんだ…」という切なさが入り混じったまま、ぼんやりと放心状態で控室へ戻った私たち。そんな矢先、ご厚意でメンバー全員にいただいたTシャツとパンフレットが余っていることが判明し、まさかのじゃんけん大会勃発!
みんな本気も本気。大人女子たちのマジじゃんけんで、最後の最後に大盛り上がりをみせ、緊張と集中の連続だった4日間のラストを笑顔で締めくくったのでした。

あの空間に流れていた音楽も、ステージから見た景色も、舞台裏でのこのじゃんけんも、全部全部、私たちの宝物です。

[2025/07/13]【三鷹】コンサート無事終演~三鷹に響いた私たちの想い~

あっという間に、、、三鷹のコンサートから1週間が過ぎてしまいました。
先週は本当に暑いなか、三鷹のコンサート会場までお越しいただきました皆さま、心より感謝申し上げます。

今回のコンサートは、戦後80周年という節目でもあり、あらためて「平和への願い」や「命の尊さ」を強く意識したプログラムとなっておりました。

リトルキャロルらしいクリスマスソングをはじめとする馴染みあるレパートリーに加え、全く異なるテイストの作品――「死んだ男の残したものは」(作詞:谷川俊太郎/作曲:武満徹)にも挑戦し、渾身の想いを込めて歌わせていただきました。
そしてステージ後半では、雰囲気をガラリと変えて「ハクナ・マタタ!」――そう、あの陽気で前向きな合言葉を軸に、ライオンキングのメドレーを演奏いたしました。
2019年ぶりに、ラッキィ先生とエリ先生に新たに振付をつけていただき、私たち自身も新鮮な気持ちでステージに臨むことができました。
実はこの振付、リーダーからの「やっぱり振付する!」という鶴のひと声で、本番3週間前に急遽決定したものでした(!!)
これには、リトルキャロルはもちろん、フレンズもびっくり…というか、完全におったまげ(笑)
まさかの新規振付にドキドキしながらも、ラッキィ先生とエリ先生のすごいところは、限られた時間のなかでも最大限、ライオンキングの世界観を見事に表現した振付をご教示いただいたこと。
観に来てくださった方からは、 「サバンナが見えた!」 「ライオンにゾウ、ハイエナもいたよ!」 などの声をいただき、本当にうれしい気持ちになりました。

今回のパフォーマンスでは、歌っている私たちも全体を通して泣いたり笑ったり怒ったりと、感情がついていけないくらいコロコロと、なんとも忙しいひとときでしたが、風のホールの響きは素晴らしく、その雰囲気を存分に楽しみながら歌わせていただきました。
ひとつひとつの音に気持ちを乗せ、表情豊かに、私たちの想いがギュっと詰まったパフォーマンスを全力でお届けできていたなら、何よりの幸せです!

次なるステージ、それは、、、
是非リトルキャロルHPのInformationをご覧ください★

[2025/07/04]【三鷹】本番直前、とれたてメッセージ~ピアニスト特別編~

明日はいよいよ、三鷹市芸術文化センター/風のホールでのコンサート本番を迎えます♪


これまで4回にわたり、本番直前のとれたてメッセージをお届けいたしました。
が、今日は本番前日特別編といたしまして、ピアニスト・剛さんよりメッセージをお届けいたします!!

★特別編はピアニスト 剛さんより★

以前、2台ピアノでディズニーメドレーを演奏しました。その時も本当に素晴らしいアレンジで2台ピアノならではの迫力、臨場感があったのですが、今回は一台という事で、まるで2人いるような演奏を表現すると同時にリトルキャロルの素晴らしい歌声と共に全力で支えてまいりたいと思います。
おススメ曲:今回は久石譲さん、ディズニーのプログラムという事で全部僕の中でオススメしたいと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。

剛さんからのメッセージを賜り、私たち出演者一同もがぜん気合いが入ってまいりました♪
ただいま、各LINEトークルームではあっちこっちでピロンピロンと通知音が飛び交いながら、最終確認が行われております(笑)

明日も蒸し暑くなりそうですので、ご来場の皆さまも水分補給をこまめにしていただきながら、どうぞお気をつけて三鷹までお越しくださいませ。
スタッフ一同、風のホールにて心よりお待ちしております!